ARTICLE / 解説
一般不法行為
書体やタイプフェイスは著作権で保護されるのか。ゴナU事件最高裁判決を起点に、TRIPP TRAPP事件による応用美術論の展開、バンドスコア事件などを踏まえた一般不法行為責任による保護の可能性を検討する。
ヤギ・ボールド事件(東京地判昭和54年3月9日判時934号74頁)は、人の各種タイプフェース(アルファベットの装飾書体とその文字セット)を集めて自己の書籍「ニューアルファベット」に掲載して出版した事件であった。
東京地裁は、以下のとおり判示し、著作物性を否定した。
デザイン書体は,一般に,専ら美の表現のみを目的とする純粋美術の作品とはいえず,また,通常美術鑑賞の対象とされるものでもない。すなわち,文字は,元来,情報伝達のための実用的記号(の一種)であるところ,デザイン書体は,かかる事実を前提に情報伝達という実用的機能をにない,かつ,当該機能を果すために使用される記号としての文字に,美的形象を付与すべくデザインしたものであつて,そのこと自体から,実用に供されることを目的とするものということができる。......絵画ともいえる程度にまで達し,通常美術鑑賞の対象とされるに及んで,はじめて美術の著作物として保護されるものというべきである。そして,ここに至れば,その文字は実用的記号としての性格を喪失するのである。したがつて,『書』及び『花文字』に著作物性を肯定される場合があるからといつて,これをもつて,デザイン書体が著作物たりうることを理由づける根拠とすることは,できない
また、ヤギ・ボールド事件控訴審(東京高判昭和58年4月26日判時1074号25頁)もまた、個々の文字も一揃いの文字セットも、絵画や彫刻と同視できる美的創作物ではないとして著作物性を否定した。
写真植字機用文字書体事件(大阪地判平成元年3月8日判時1307号137頁)は、以下のとおり判示し、写真植字機用文字書体の著作物性を否定した。
(一) 我が国の著作権法は、その二条一項一号において「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」を著作物とすると定義し、同条二項において「美術の著作物」には美術工芸品を含むと規定している。そして、これについては、著作権法の制定経過や意匠法等工業所有権制度との関係等を考慮し、美術に関連するもので著作権法で保護されるのは、純粋美術に属するものや美術工芸品であって、図案やひな形等実用品に関するものでいわゆる応用美術の範囲に属するものは、原則として、これに含まれない、実用品に関するもので保護されるものがあるとしても、それは一品製作的なものに限られると解するのが一般である。
しかるところ、本件書体が、一般の実用的な印字を目的とする写植機に搭載された一組の実用的な文字に関するものであること、こうした実用的な文字書体の製作は、印刷活字等既存の定型化、規定化された文字書体を前提として、その枠内で行われるのが通例であることは、前示のとおりである。
(二) そこで、右のような点を参酌して考えると、本件書体のような文字の書体であって、なお、著作権法の保護の対象になるものがあるとすれば、それは、当該文字が持っている本来の情報伝達機能を失わせる程のものであることまでは必要でないが、当該文字が本来の情報伝達機能を発揮するような形態で使用されたときの見やすさ、見た目の美しさだけでなく、それとは別に、当該書体それ自体が、これを見る平均的一般人の美的感興を呼び起こし、その審美感を満足させる程度の美的創作性を持ったものでなければならないと解するのが相当である。
(三) そして、本件書体については、それが製作される以前からあった他者製作の同種印刷活字文字や写植用文字等の書体に比して、どこがどのように異なるのか、本件原字全体、少なくとも、その明朝体文字なら明朝体文字、ゴシック体文字ならゴシック体文字全体を通覧した場合に認識できるそれらの文字に特有な創作的デザイン要素は何なのか、その創作性の内容を具体的に確定できるだけの資料はない。しかし、別紙書体一覧表に記載されている本件書体の文字を通覧しただけでも、本件書体が、実用性の強いものであって、右にいう程度の美的創作性を有しないものであることは、明らかである。本件原字全体及び本件各文字、いずれについても、原告主張のような著作物性を認めることはできないというほかはない。
なお、写真植字機用文字書体事件は、一般不法行為の法理の適用の余地について、以下のとおり判示した。
四 そこで、次に、請求原因四(法的保護利益)について検討する。
1 〈証拠〉によれば、本件書体のような実用的な文字の書体についても、その製作者は、これをよりよくその実用目的に適したものにするために、あるいはより見やすく美しいものにするために等様々な観点から、創意、工夫を凝らし、新しい書体の製作や改良に努めていること、こうした書体の製作や改良の作業には、多くの労力と時間、そして費用を要すること、そのため、原告が所属する写植業界等では、他人が製作した書体の文字を使用する場合には、その製作者ないし保有者に対し、使用についての許諾を求め、更に対価を支払うことも、かなり広く行われるようになってきていること、以上のような事実を認めることができる。
2 右のような事実を参酌すると、前記判示の著作物性の認められない書体であっても、真に創作性のある書体が、他人によって、そっくりそのまま無断で使用されているような場合には、これについて不法行為の法理を適用して保護する余地はあると解するのが相当である。
3 しかしながら、本件の場合、本件書体の創作性の内容が必ずしも明らかでないことは前示のとおりである。また、既に判示したところに照らすと、被告書体の文字も本件書体の文字も、いずれも前示のような一定の枠内で製作されたものであるから、その書体が、ある程度、似ているように見えるのは仕方のないことであると考えられる。ところが、被告書体の文字と本件書体の文字との間にいくつかの相違点がみられることも、前示のとおりである。こうしたことを総合考慮すると、一見、被告書体が、本件書体に似ていることは否定できないとしても、だからといって、直ちに、これをそっくりそのまま流用したものであるとまで断じることはできない。そして、他に、不法行為の法理を適用すべき理由は認められない。そうすると、原告のこの点の主張も理由がないというほかはない。
岩田書体文字設計図事件(東京地判平成5年4月28日判タ832号168頁)と控訴審の岩田書体文字設計図事件控訴審(東京高判平成5年11月18日知財集25巻3号472頁)は、枠内に配置された文字設計図について図形の著作物性が主張された事案である。
東京地裁は、以下のとおり判示し、通常の範囲を超える作成手法や、従来の文字と比べた顕著な特徴がなければ、設計図としても著作物性を認められないとした。
1 前記争いのない事実によれば、原告設計図には、正方形の文字枠、その枠の中心を示す短い線及び文字が記載されているものであるが、同設計図は「設計図」と称されているものの、表現しようとしている内容やその表現形式において、他の、例えば建築物や機械の設計図等の場合とは著しく異なるものである。すなわち、建築物や機械の設計図に記載された文字、数字及び図形等は、これらが本来的に有する情報伝達能力を使用して、最終的な製作目的である建築物や機械の具体化という思想を表現しているのに対し、原告設計図に記載された文字は、この文字が本来的に有する情報伝達能力を使用しているのではなく、記載された文字の形自体により、いわば文字を図形として利用することにより、当該文字に関する重心や空白の大小といった原告主張のような思想を直接的に表現しているものである。
2 図形著作物も著作物である以上、思想又は感情の創作的表現物でなければならないが、原告設計図に記載された正方形の文字枠は平面上の一定の区画を示す方法としてはありふれた表現方法であるし、文字枠の中心線を示す短い線も一定の線分の中心を示す方法としてはありふれた表現方法であって、また前記一の認定事実に照らせば、このような正方形の文字枠や中心を示す線は、原告主張のような書体や一定区画における文字の配置の思想を表現する方法としてごく普通に用いられるものであって、正方形の文字枠や中心を示す線に創作性があると認めることはできない。したがって、原告設計図の図面著作物性は、一定区画に記載された図形としての文字について、検討されなければならない。
3 文字は、これを共有する人間相互間において思想や感情その他の情報を表現し伝達するための手段としての記号ないし符号であることから、その形は同一ないし類似することが本来的に予定されているものである。本件においても、原告が昭和二二年一〇月に設立されて以来原告設計図を作成してきたことは当事者間に争いがないが、情報伝達機能を担う文字の性格から考えて、原告が設立される以前から、同設計図に記載された一定区画中の各文字体に近似する文字が多数存在したであろうことは容易に推測できるものである。しかも、文字は、それが共有されるようになってから極めて長い間、文字による情報がよりよく伝達されるように、書体や空白部分を含めて一つの文字の書き方に工夫がなされ、また連続する各文字相互間の配置方法に工夫が加えられてきたことは明らかであるから、文字を作成するについて何らかの工夫が加えられたとしても、それが通常行われる範囲内の手法でなされる限り、そしてまた、以前から存在した文字に比べて顕著な特徴を有するものでない限り、作成された文字に、著作物性を認めることはできないというべきである。 そこで、原告設計図についてみてみると、原告設計図の一定区画に記載された文字は、別紙を見ても明らかなように、標準明朝体等の書体の文字体が一定区画に黒く記されたものであるし、また原告自身も原告設計図が一連のまとまりの文字として読み易くかつ美しくする目的のもとに作成されたものであることを認めているところであって、文字の書体や一定区画における配置方法等に何らかの工夫があったとしても、それは文字の有する本来の情報伝達機能をよりよく発揮させる範囲内のものにすぎないから、図形著作物性を考えるに当たって、通常行われる範囲内の手法で記載したものということができる。
また、原告としては、原告設計図に記載されたそれぞれの文字が、以前から存在した文字に比べて、いかなる特徴を有し、その創作性はどこにあるのか等をも具体的に明らかにしなければ、原告設計図の著作物性に関する主張立証がなされたものとはいえないところ、原告は、右の点に関する具体的な主張立証をなしていないから、原告設計図中の文字が、以前から存在している同種の文字に比べて顕著な特徴を有するものと認めることはできない。
4 以上に述べたところから明らかなように、原告設計図中の文字およびその書体に著作物性を認めることはできないし、また、文字枠及び中心を示す線それ自体に創作性を認めることはできないから、文字並びに文字枠及び中心を示す線からなる原告設計図に著作物性を認めることはできない。
控訴審もまた、原判決の理由のとおりとし、著作物性を認めなかった。
もっとも、文字であれば常に保護されないわけではない。
動書第一事件(東京地判昭和60年10月30日判時1168号145頁)・動書第二事件(東京地判平成元年11月10日判時1330号118頁)は、墨の濃淡、筆勢、運筆等を含む書の表現について著作物性を認めた。
他方で、雪月花事件(東京高判平成14年2月18日判時1786号136頁)は、カタログ写真のように約50分の1へ縮小された利用では、字体や全体構成を認識できても、線の美しさ、運筆、墨色等の創作的表現を直接感得できず、複製に当たらないとした。
ロゴについても、Asahiロゴマーク事件(東京高判平成8年1月25日判時1568号119頁)は当該文字デザインの著作物性を否定したが、以下のとおり、文字やロゴという分類のみから直ちに結論を出したものではない。
1 著作権法は、著作物について、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(二条一項一号)と規定している。
ところで、言語を表記するのに用いる符号である文字は、他の文字と区別される特徴的な字体をそれぞれ有しているが、書体は、この字体を基礎として一定の様式、特徴等により形成された文字の表現形態である。いわゆるデザイン書体も文字の字体を基礎として、これにデザインを施したものであるところ、文字は万人共有の文化的財産ともいうべきものであり、また、本来的には情報伝達という実用的機能を有するものであるから、文字の字体を基礎として含むデザイン書体の表現形態に著作権としての保護を与えるべき創作性を認めることは、一般的には困難であると考えられる。仮に、デザイン書体に著作物性を認め得る場合があるとしても、それは、当該書体のデザイン的要素が「美術」の著作物と同視し得るような美的創作性を感得できる場合に限られることは当然である。
2 前掲甲第三号証の二、第一〇号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二一号証によれば、控訴人は、株式会社日本デザインセンターに委託して、別紙(一)の(1) 、(2) 記載の書体からなるロゴマークを創作させたことが認められる。
ところで、右ロゴマークは、欧文字「Asahi」について、「A」、「a」、「h」、「i」の各文字における垂直の縦線を太い線で表し、その上下の辺を右上がり四四度の傾斜とし、「A」、「s」、「a」、「h」の各文字における傾斜線を細い線で表し、その傾斜を右上がり四四度とし、「A」、「s」の各文字の細い傾斜の先端にあるはねを三角形状となし、その右上がり傾斜辺を四四度とするといったデザインを施した点に特徴があり(別紙(一)の(2) 記載の文字は細い輪郭線に囲まれているが、このような手法はありふれたものであって、デザイン的特徴とまではいえない。)、また、「A」の書体は他の文字に比べてデザイン的な工夫が凝らされたものとは認められるが、右程度のデザイン的要素の付加によって美的創作性を感得することはできず、右ロゴマークを著作物と認めることはできない。
これらの判例には、後のゴナU判決につながる二つの視点が既に存在する。一つは、従来の文字からどれほど離れた特徴があるか。もう一つは、読みやすさや表示の機能とは別に、どの表現を美術として把握できるかである。
ゴナU事件(最判平成12年9月7日民集54巻7号2481頁)は、写研が権利を主張した「ゴナU」「ゴナM」と、被告側の「新ゴシック体U」「新ゴシック体L」をめぐる事件である。写研は、書体が美術の著作物又はベルヌ条約上の応用美術に当たり、被告側の書体を収録した媒体や文字盤の製造販売等が複製権を侵害すると主張した。大阪地裁、大阪高裁はいずれも請求を退けていたところ、最高裁は次のとおり判示し、印刷用書体が著作物に当たるためには、二つの要件が必要であるとした。
印刷用書体がここにいう著作物に該当するというためには,それが従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であり,かつ,それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解するのが相当である。この点につき,印刷用書体について右の独創性を緩和し,又は実用的機能の観点から見た美しさがあれば足りるとすると,この印刷用書体を用いた小説,論文等の印刷物を出版するためには印刷用書体の著作者の氏名の表示及び著作権者の許諾が必要となり,これを複製する際にも著作権者の許諾が必要となり,既存の印刷用書体に依拠して類似の印刷用書体を制作し又はこれを改良することができなくなるなどのおそれがあり(著作権法19条ないし21条,27条),著作物の公正な利用に留意しつつ,著作者の権利の保護を図り,もって文化の発展に寄与しようとする著作権法の目的に反することになる。また,印刷用書体は,文字の有する情報伝達機能を発揮する必要があるために,必然的にその形態には一定の制約を受けるものであるところ,これが一般的に著作物として保護されるものとすると,著作権の成立に審査及び登録を要せず,著作権の対外的な表示も要求しない我が国の著作権制度の下においては,わずかな差異を有する無数の印刷用書体について著作権が成立することとなり,権利関係が複雑となり,混乱を招くことが予想される
問題の書体は、斬新でグラフィカルな感覚を目指しつつ、読みやすく、奇をてらわないという構想の下に制作され、従来のゴシック体のデザインから大きく外れるものではないという原審認定を前提に、両要件を満たさないとした。
まず、「顕著な特徴を有するといった独創性」は、一般に創作性を著作者の個性の表れと理解する場合よりも高い創作性であり、判決が従来書体との比較と「顕著な特徴」を明記したことから、書体固有の加重要件と読む見解がある。
また、「美術鑑賞の対象となり得る美的特性」は、読みやすさや組版上の均衡そのものとは別に、美術の著作物として把握できる表現があるかを求めるものである。優れた書体であるか否かを裁判所が審査するものではないが、どの程度まで機能から離れていればよいのか、第一要件と重複しないのかは、判決文から明確でない。本判決について、応用美術について保護の可能性を認めつつ範囲を限定する裁判例の流れに位置付ける一方、要件の法的根拠と関係にはなお不明瞭な点があることを指摘する見解もある(泉克幸「書体の著作物性〔ゴナU事件〕」『著作権判例百選〔第7版〕』(別冊ジュリスト272号)20頁以下(2025年))。
本判決は、「印刷用書体が著作物に該当するというためには」という条件文を用いたことから、従来書体との比較で顕著な特徴を持ち、かつ、その形自体を美術として把握できる書体については、なお著作権法上の保護可能性は残されている。もっとも、形式上は保護の余地を残しながら、実際にそれを満たす書体を想定することは容易でないと整理する見解もある(泉克幸「書体の著作物性〔ゴナU事件〕」『著作権判例百選〔第7版〕』(別冊ジュリスト272号)20頁以下(2025年))。
ゴナU判決の判断枠組みは、その後の下級審裁判例においても踏襲されている。
映画パンフレットのタイプフェイス事件(東京地判平成31年2月28日判時2429号66頁)は、映画の予告編、ポスター、パンフレット等において、原告が制作したタイプフェイスの一部が利用された事案について、ゴナU判決の判断基準に従い、著作物性を否定した。
本判決では、原告が、タイプフェイスは各文字相互の統一感をもってデザインされたものであるから、個々の文字を独立して判断すべきではないと主張したのに対し、裁判所は、複製権等の侵害の成否は現に利用された部分の著作物性によって判断すべきであることや、タイプフェイスの各文字が可分なものとして制作されていることを理由に、被告が実際に利用した文字に限って著作物性を判断した。
その上で、原告のタイプフェイスにおける「シ」「ッ」及び濁点について、2つの点をアルファベットの「U」の字に繋げた形状には、従来のタイプフェイスにない特徴が一応認められるものの、類似する表現を用いた既存のタイプフェイスの存在等を考慮すれば、顕著な特徴を有するといった独創性までは認められないとした。
1 争点1(本件タイプフェイスの著作物性の有無)について
⑴ 著作権法2条1項1号は,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」を著作物と定めるところ,印刷用書体がここにいう著作物に該当するというためには,それが従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であり,かつ,それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解するのが相当である(最高裁判所平成10年(受)第332号平成12年9月7日第一小法廷判決・民集54巻7号2481頁)。
⑵ そこで,本件タイプフェイスにつき検討する。
この点,原告は,本件タイプフェイスが著作物性を有するかどうかの判断をするにあたっては,タイプフェイスがそれぞれの文字相互に統一感を持たせるように大きさや太さをデザインしているものであるから,個々の文字をそれぞれ独立に見て判断するべきではない旨を主張する。しかしながら,複製権等の侵害の成否は,現に複製等がされた部分に係る著作物性の有無によって判断すべきであること,タイプフェイスは各文字が可分なものとして制作されていることからすれば,被告により現に利用された文字につき著作物性を判断するのが相当である。したがって,以下では本件タイプフェイスのうち,被告により利用された文字に限って判断する。
本判決は、ゴナU判決の判断枠組みを具体的に適用するとともに、タイプフェイス全体の統一性が主張される場合であっても、侵害が問題とされる個々の文字の表現に着目して著作物性を判断した点に特徴がある。
応用美術をめぐる裁判例は、その後も一様ではなかった。
従来の裁判例では、量産される実用品のデザインは、意匠法と著作権法との保護対象のすみわけの観点から、原則として意匠法の保護対象とされるべきであり、著作権法で保護対象となるのは、純粋美術に該当すると認め得る高度の美的表現を備えているものや、独立して美的鑑賞の対象と認められるものに限られると解されてきた。
その後、TRIPP TRAPPⅡ事件(知財高判平成27年4月14日判時2267号91頁)は、幼児用椅子について、実用品だからという理由だけで一般の著作物より高い創作性を要求することに慎重な立場を示し、高い創作性の有無の判断基準を設定することは相当とはいえず、個別具体的に、作成者の個性が発揮されているか否かを問題にした上で、幼児用椅子の著作物性を認めた。もっとも、被告製品との類似性を否定し、請求は棄却した。著作物性を認めた後に、保護される具体的表現と類似性を厳密に検討することで、権利範囲を調整した判決であると考えられる。
もっとも、その後、応用美術等の著作物性を判断した下級審裁判例の多くは、実用目的に必要な機能に係る構成と分離して美的特性を把握できることを求めるなど、著作物性の判断において同事件の影響はあまり認められなかった。
TRIPP TRAPPⅢ事件(最判令和8年4月24日裁時1886号1頁)は、以下のとおり、量産される実用品について、実用的な機能に由来する構成と観念上別個に、創作的表現として把握できる部分がある場合に著作物性を認めるという判断枠組みを示し、本件椅子にはそのような表現を把握できないとして上告を棄却した。意匠権が審査・登録を経て一定期間存続するのに対し、著作権は登録なく発生し、長期間存続し、著作者人格権も伴うことが理由として挙げられた。
著作権法2条1項1号は、「著作物」を「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義している。もっとも、量産実用品については、その形状等が思想又は感情を創作的に表現したものであるということができれば、直ちに美術の範囲に属するものとして著作物に当たるとの解釈を採ることは相当ではない。
すなわち、我が国には、産業の発達に寄与することを目的として、視覚を通じて美感を起こさせる量産実用品の形状等を保護する意匠法があり、量産実用品の形状等について、意匠登録出願をして所定の審査を経て設定の登録がされることで意匠権が発生する。意匠権者は、業として登録意匠及びこれに類似する意匠の実施をする権利を専有し、意匠権の存続期間は原則として意匠登録出願の日から25年とするなどとされている(1条から3条まで、6条、16条、20条、21条、23条等)。これに対し、著作権法では、登録等の手続を経ることなく著作権が発生し、業として行われる行為以外にもその効力が及び、その存続期間は原則として著作物の創作の時から著作者の死後70年を経過するまでの間とし、著作者は著作権に加えて著作者人格権も享有するなどとされている(第2章第3節第1款から第3款まで、第4節等)。以上のような我が国の意匠法及び著作権法における権利の発生要件、内容及び存続期間等に鑑みれば、上記解釈を採り、量産実用品の形状等について、意匠法に加えて著作権法により保護されることを広く認めた場合には、あえて費用等を投じて意匠登録を受けなくとも、同法によって、より長期間、広範に保護が受けられることとなる可能性があり、意匠法の存在意義を損なうおそれがある。
また、量産実用品の形状等について広く著作権法の保護が及ぶとすると、著作者人格権により権利関係が複雑化して量産実用品の利用が妨げられたり、意匠権の存続期間満了後も長期間にわたって量産実用品の形状等を自由に利用することができなくなったりすることにもなりかねず、産業の発達に寄与するという意匠法の上記目的が阻害されるおそれもある。
もっとも、量産実用品の形状等は、通常、実用目的に必要な機能(以下、単に「機能」という。)との関係で一定の制約を受けて決定されるものであり、機能に由来する構成と別個にこれを把握することができないものであるけれども、その中には、例えば、表面に単なる模様や表面加工の域を超える装飾が付加されているもののように、当該付加部分の形状等が、機能と関連せず、観念上、機能に由来する構成とは別個の絵画や彫刻として把握できるものがある。このようなものは、量産実用品に「美術の著作物」(著作権法10条1項4号)が単純に付加されたものということができ、当該付加部分に同法の保護が及ぶことは当然である。
また、量産実用品の中には、例えば、全体として彫刻等とも看取できるもののように、その全体又は部分における形状等が、当該実用品としての機能と関連してはいるものの、観念上、機能に由来する構成とは別個の彫刻等として把握できるものがある。このような形状等は、機能に由来する構成とは別個に思想又は感情の創作的な表現を把握できるという点において、「美術の著作物」が単純に付加された上述の場合と同様であるということができるから、著作権法の保護を及ぼすのが相当である。上記のような形状等は、機能との関係で一定の制約を受けるのが通常である量産実用品の形状等としては例外的なものであるということができるのであって、これに著作権法の保護を及ぼしても、上記でみたような弊害が生ずるおそれは小さい。
以上によれば、量産実用品の全体又は部分における形状等が、観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができるものである場合には、当該量産実用品の全体又は部分は、著作権法2条1項1号にいう著作物のうち、美術の範囲に属するものに当たるというべきである。
また、尾島明裁判官は、補足意見において、「美的鑑賞」の語からはあたかも高度な創作性や芸術性が必要であるかのような誤解が生じかねず、また、そもそも美的な芸術としての鑑賞に値するか否かを裁判所が判断するのは不適当と思われる旨を述べた。
TRIPP TRAPPⅢ事件が示した判断枠組みは、印刷用書体の著作物性を検討する上でも示唆を与えるものと思われる。
もっとも、同事件は量産実用品の形状等について判断したものであり、印刷用書体の著作物性を判断したゴナU事件の基準を直接変更するものではない。そこで問題となるのは、両判決の判断枠組みをどのように理解するかである。
まず、ゴナU事件が要求した「それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性」と、TRIPP TRAPPⅢ事件が要求した、機能に由来する構成とは観念上別個に創作的表現として把握できることとの関係が問題となる。
ゴナU事件の第二要件を、読みやすさや組版上の均衡といった文字の情報伝達機能に由来する美しさとは別に、美術の著作物として把握できる表現が存在することを要求したものと理解すれば、両判決の判断枠組みには共通する部分があると考えられる。
もっとも、ゴナU事件は、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を積極的に要求しているのに対し、TRIPP TRAPPⅢ事件は、機能に由来する構成から観念上区別できる創作的表現の存在を問題としている。この点について、尾島裁判官は、補足意見において、美的鑑賞という概念が高度な創作性や芸術性を要求するものと誤解される可能性や、裁判所が美的鑑賞に値するかを判断することの適切性に疑問を示している。
そうすると、ゴナU事件の第二要件についても、書体の芸術的価値を評価する基準としてではなく、文字の情報伝達機能に由来する構成とは観念上別個に、美術の範囲に属する創作的表現を把握できるかという観点から理解する余地があると思われる。
次に、ゴナU事件の第一要件である「従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性」が、なお独立の要件として要求されるかが問題となる。
TRIPP TRAPPⅢ事件は、量産実用品について、実用的な機能に由来する構成と観念上別個に創作的表現を把握できる場合に著作物性を認めるものであり、一般の著作物よりも高度の創作性を要求することを明示したものではない。この判断枠組みを印刷用書体に及ぼす場合、ゴナU事件が示した顕著な特徴という独創性の要件を、独立して維持する必要があるかについては検討の余地がある。
もっとも、両判決が著作物性を限定した理由は必ずしも同一ではない。
TRIPP TRAPPⅢ事件は、意匠法と著作権法の保護要件、権利内容及び存続期間の相違を踏まえ、量産実用品に広く著作権法の保護を及ぼすことが意匠法の存在意義を損なうおそれを重視している。
これに対し、ゴナU事件は、文字が情報伝達のための記号として共有されることを前提に、書体に著作権を広く認めた場合には、既存書体の利用や改良のみならず、その書体を用いた小説や論文等の出版にも影響が及ぶことを懸念している。すなわち、書体については、実用品一般の機能的制約に加え、文字という共通の情報伝達手段の自由な利用を確保する必要がある。
このような印刷用書体に固有の事情を考慮すれば、TRIPP TRAPPⅢ事件の判断枠組みが示された後も、ゴナU事件の第一要件が維持されると解する余地は十分にある。
他方で、機能に由来する構成とは別個の創作的表現を把握できることに加え、従来書体と比較した顕著な特徴まで要求することの理論的根拠は、なお検討を要する。特に、顕著な特徴を創作性に関する加重要件として理解するのか、それとも文字の情報伝達機能による表現上の制約を踏まえた創作性判断の具体化として理解するのかによっても、その評価は異なり得る。
したがって、TRIPP TRAPPⅢ事件によってゴナU事件の判断枠組みが直ちに変更されたものとはいえないものの、両判決の関係、とりわけ美的特性及び顕著な特徴という二つの要件の位置付けについては、今後も検討の余地があると思われる。
今後も検討の余地があるものの、ゴナU判決の要件を満たさない書体には、その書体についての著作権は成立しないものといったん解することになると思われるが、著作権が成立しないことから、模倣を含む競業行為が常に適法であるという結論まで直ちに導かれるわけでもない。そこで問題となるのが、民法709条の一般不法行為である。
この問題を検討する上で重要なのが、北朝鮮映画事件(最判平成23年12月8日民集65巻9号3275頁)である。
同判決は、以下のとおり判示し、著作権法6条による保護を受けない著作物の利用について、著作権法が規律する利用利益とは異なる法律上保護された利益を侵害するなどの「特段の事情」を要求した。
同条〔著作6条〕各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は,同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り,不法行為を構成するものではない
北朝鮮映画事件以降、裁判例の多くは、知的財産権侵害・不正競争に当たらない行為が不法行為となるかどうかについて、知的財産権法や不正競争防止法が規律の対象とする知的財産の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成しないとの考え方を採用した上で、特段の事情を認めず、一般不法行為の成立は限定的に解されてきた。ただし、同判決が直接判断したのは著作権法6条の保護を受けない著作物の利用であり、あらゆる知的成果物に当然に同一の基準が適用されると判示したものではない。
タイプフェイスについてこの問題を具体的に扱ったのが、テレビ朝日・IMAGICA事件(大阪地判平成25年7月18日判時 2220号94頁・大阪高判平成26年9月26日)である。同事件では、テレビ番組のテロップやDVDにおけるフォント使用について、番組ごとの追加許諾料等が主張された。原告は、書体の著作権侵害を請求原因とせず、フォントという財産上の利益又はライセンス事業上の利益の侵害を理由とする一般不法行為を主位的請求とし、不当利得返還請求を予備的請求としていた。両審はいずれも請求を退けた。
控訴審は、知的財産権法等による保護の対象とならないデザインの独占的利用利益は、これらの法律が規律する利用利益とは異なる法的に保護された利益とはいえないとした。他人によるフォントの無許諾利用が直ちに不法行為となるとすれば、実質的にフォントの独占的利用を認めることになるためである。
他方で、フォントの販売・使用許諾に係る営業上の利益については、その営業が妨害されたという主張であれば、知的財産権法等が規律する利用利益とは異なる法的に保護された利益を主張するものといえるとした。実際に、フォントの開発・販売・使用許諾という営業活動は社会に受け入れられており、フォントに著作物性が認められないことだけで営業上の利益の要保護性は否定されない。ただし、フォントの商用使用に個別の許諾料を要するという原告の営業方針が商慣習又は社会的規範となっているとは認めず、他人の行為が自由競争の範囲を逸脱して営業の自由を濫用したといえる特段の事情がある場合に限って不法行為が成立するとした。
具体的には、テレビ朝日はテロップの制作を外注して納品を受けており、問題のフォントが使用されていることを認識しながらあえて利用を続けたとは認められず、正式な指摘後には使用を回避していた。IMAGICAも納品済みのテロップ画像を映像に挿入する編集を行ったにとどまり、無許諾使用の認識やこれを疑うべき事情は認められず、指摘後には対応を講じていた。こうした事情から、いずれについても自由競争の範囲を逸脱する営業妨害は認められなかった。
本判決は、フォントの無許諾利用に対して一般的な使用料請求権を認めるものではない一方、フォントの独占的利用利益と、フォント事業者の営業上の利益とを区別し、後者については一般不法行為による保護の可能性を認めた点に意義がある。
もっとも、近時は、いくつかの裁判例において、不法行為の成立を肯定する例が注目されるようになった(知的財産権侵害にあたらない不法行為に関しては、裁判例の収集が難しいことから、発見されていない可能性が相当程度あるものと思われる。)。近時の肯定例をみると、一般不法行為が問題となる場面には、少なくとも二つの型がある。一つは、虚偽又は誤認を利用して他人の顧客を奪う場合である。もう一つは、他人の成果へ全面的に依存して制作費用を免れ、その成果と直接競合する代替物を供給する場合である。
北の達人事件(札幌地判令和6年2月27日金商1696号26頁)は、比較広告が不競法2条1項21号にいう「営業上の信用を害する」ものとはいえず、同号所定の不正競争には該当しないが、違法記載部分については、自由競争として許容される範囲を逸脱する態様による広告であって、一般不法行為(民法709条)としての違法性を有すると判断し、ワンスプーン事件(大阪高判令和6年5月31日裁判所ウェブサイト)は、原告商品の商品名自体が不競法上の周知商品等表示と認められず、本件販売行為が不正競争を構成しないとしても、需要者の誤認を利用するものといえる被告商品の販売態様は、自由競争の範囲を逸脱した違法な販売態様で控訴人の顧客を奪っているものといえるから不法行為を構成すると判断しており、虚偽又は誤認を利用して他人の顧客を奪うケースであると思われる。
これに対し、棋譜をめぐる裁判例である銀河戦・王将戦事件(大阪高判令和7年1月30日裁判所ウェブサイト)・王将戦事件(知財高判令和7年2月19日裁判所ウェブサイト)・竜王戦事件(東京高判令和8年3月12日裁判所ウェブサイト)では、有料視聴者を減少させることを認識しながら広告収入等を得る行為は、許された競争の外にあると評価したり、同じ棋譜を求める視聴者の奪い合い、当日中の全量利用、収益モデルへの影響等から、不法行為責任を認めた。
さらに、バンドスコア事件(最判令和8年10月9日(令和6年(受)第2078号))は、以下のとおり、単なる成果の利用を超え、社会通念上自由競争の範囲を逸脱して営業を妨害し、その営業上の利益を侵害するときは、成果を独占的に利用する利益とは異なる法的利益の侵害として「特段の事情」が認められるとした。
被上告人スコアは、著作権法2条1項1号にいう著作物に当たらないから、被上告人スコアについてされた同法上の著作物の利用行為に相当する行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではない(最高裁平成21年(受)第602号、第603号同23年12月8日第一小法廷判決・民集65巻9号3275頁参照)。もっとも、上記行為が、単に著作物の利用行為に相当する行為であるというにとどまらず、社会通念上自由競争の範囲を逸脱して被上告人の営業を妨害し、その営業上の利益を侵害するものということができるときは、被上告人スコアを独占的に利用する利益とは異なる被上告人の法的に保護された利益を侵害するものとして、上記特段の事情があり、不法行為を構成するものというべきである。
⑵ 前記事実関係等によれば、本件行為の当時、被上告人は、多大な費用等をかけて自ら採譜をし、バンドスコアを制作していたものであり、これを販売して上記費用等を回収することにより、バンドスコアの制作、販売を内容とする営業を継続していたものということができる。他方で、上告人会社は、少なくとも約6年半にわたり、579曲にも及ぶ本件楽曲について、上告人Y2において自ら事前に購入した被上告人スコアを本件楽曲の音源データと共に上告人会社の担当者に渡し、上告人会社において自ら採譜をすることなく被上告人スコアの全体を細部まで模倣するという方法で上告人スコアを制作して、これを本件サイトにおいて無料で公開し、広告料収入を得ていたものである(本件行為)。
上告人会社が、長期間にわたり、多数の楽曲について、上告人スコアを無料で公開し、広告料収入を得ることによってその営業を継続することができたのは、被上告人スコアの全体を細部まで模倣することにより、上告人スコアの制作に要するはずの多大な費用等の負担を免れていたことによるものというべきである。そして、上告人スコアは、その制作方法等に照らすと、一般の利用者にとっては被上告人スコアと同程度の品質を有すると考えられるものであり、上告人スコアが無料で公開されていた期間中に被上告人の売上げが大きく減少した期間があったことなども併せ考慮すると、本件行為は、被上告人から容易に顧客を奪取し、被上告人の営業の継続に直接的かつ重大な悪影響を及ぼすものであったということができる上、そのことを上告人らが認識していたことは明らかである。加えて、本件行為と同様の行為が許容されるとすれば、自ら多大な費用等をかけて採譜をし、バンドスコアを制作している楽譜出版社が市場において著しく不利な立場に置かれることとなり、公正な競争秩序が害される結果となりかねないというべきである。
以上の諸事情を総合すると、本件行為は、著しく不公正な手段を用いて被上告人の営業の継続を困難にさせる競業行為であり、社会通念上自由競争の範囲を逸脱して被上告人の営業を妨害し、その営業上の利益を侵害したものというべきである。そうすると、本件行為について、被上告人スコアを独占的に利用する利益とは異なる被上告人の法的に保護された利益を侵害したものとして、前記特段の事情があるということができる。
⑶ 以上によれば、本件行為は、不法行為を構成するものというべきである。
また、尾島明裁判官の補足意見は以下のとおりである。
被上告人スコアは、著作権法2条1項1号にいう著作物に当たるものではないものの、他人が音楽の著作権を有する楽曲の複製物であって、著作物の利用に関係するものであることから、その模倣による利用行為が不法行為を構成するというためには、法廷意見が引用する平成23年12月8日第一小法廷判決が同法6条各号に該当しない著作物の利用行為について判示するところと同様に、「著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情」の主張立証が必要というべきである。このような特段の事情を要するのは、著作権法がその権利成立の要件、保護範囲、救済手段、保護期間等を法定していることから、著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益の侵害に該当することにより初めて不法行為が成立するとすることによって、著作権の保護と他人が創り出したものを利用して行う営業活動の自由との関係を調整しようとするものとして理解できる。
著作権法等による保護の対象とされていない知的成果物の利用行為に関していうと、多大な費用等をかけて創り出された知的成果物であっても、原則として、他者がこれを模倣して自由に利用することができることになる。しかしながら、本件のように知的成果物の利用による利益とは異なる営業活動の保護が問題となり、あるビジネスモデルとこれと競合するビジネスモデルの衝突が生ずる場合については、公正な競争秩序と模倣の自由とのバランスを考慮して不法行為該当性を検討する必要がある。その際には、ある事業者が費用等をかけて創り出し、利益を上げていた商品を他の競業者がそのことを認識しつつ、費用等をかけずに模倣して利用し、消費者をより誘引する別の方法で市場に提供する行為は、知的成果物の利用による利益の侵害行為とはいえなくても、営業妨害行為として不法行為には該当し得る場合があるものといえる。
科学技術の進歩は目覚ましく、現在ではバンドスコア制作を取り巻く状況に変化がある可能性はあるものの、平成30年頃までの時期においては、一般の利用者の使用に耐える程度のバンドスコアを制作するには多大な費用等をかけて採譜をする必要があったところ、そうであるにもかかわらず、上告人会社の営業は、被上告人の費用等の負担を認識しながらこれにフリーライドをするというおよそ公正な商業活動とはいえないものであったこと、上告人会社が被上告人スコアの模倣を営業に利用していた期間が長く、利用楽曲数も多数に上ること等に鑑みると、上告人らの行為は、社会通念上自由競争の範囲を逸脱する営業妨害行為であったと評価することができよう。
高須順一裁判官の補足意見は以下のとおりである。
私も法廷意見に賛成するものであるが、本件で不法行為の成立を認めるべき特段の事情の存在について、更に意見を述べる。
本件において、上告人会社は、ウェブサイト運営を通じて広告料収入を得るための手段として、上告人スコアを無料で公開している。これには、一定の財から生じる利益は当該財そのものを販売する対価から得られるものであるという伝統的な営業形態によることなく、情報化社会の特性を利用した新たな営業形態を自ら開発、実践した成果であるという側面がある。競業行為が営業妨害行為に当たるか否かの判断に当たっては、時代を先取りした新種ビジネスの展開が、競争原理を根幹とする取引社会において、社会の活力の源泉となるという積極的意義を有するということも、考慮しなければならない。
そうではあるが、本件においては、やはり上告人らによる本件行為を是認することはできず、被上告人に対する営業妨害行為として上告人らに不法行為責任を認めることが妥当と考える。法廷意見が指摘するように、本件で上告人らが長期間にわたり本件行為、すなわち新たなビジネスモデルに基づく営業活動を継続することができたのは、被上告人スコアを模倣することにより、上告人スコアの制作に要するはずの多大な費用等の負担を免れていたことに由来する。つまり、本件は、専ら自らの創意と才覚によって新種ビジネスを遂行しているケースとは異なり、一方で従来のビジネスモデルの成果に便乗しこれを利用しながら、他方で新たなビジネスモデルの果実を独占的に収受したというケースであり、上告人らによる本件行為は、公正な競争秩序を害する方法で従来のビジネスモデルに基づく市場参加者を著しく不利な立場に置くものといわざるを得ず、このような営業行為はやはり許容することはできないのである。
このような事情も考慮した上で、私は、本件では不法行為の成立を認めるべき特段の事情が存在すると判断したものである。
以上のように、バンドスコア事件は、北朝鮮映画事件の示した「特段の事情」という判断枠組みを維持しながら、知的成果物の独占的利用利益とは異なる営業上の利益の侵害を理由として、一般不法行為の成立を肯定したものである。
この点、テレビ朝日・IMAGICA事件においても、フォントの独占的利用利益と、フォントの販売・使用許諾に係る営業上の利益とは区別されており、後者については、著作権法等による保護を受けないことから直ちに法的保護の対象とならないものではないとされていた。したがって、バンドスコア事件が営業上の利益の侵害を一般不法行為の根拠としたこと自体は、テレビ朝日・IMAGICA事件と異なるものではない。
もっとも、バンドスコア事件の判断については、北朝鮮映画事件が示した知的成果物の自由利用の原則との関係で、なお検討の余地がある。
北朝鮮映画事件が、著作権法の規律する利用利益とは異なる法的利益の侵害を要求した趣旨は、著作権法によって保護されない利益について、一般不法行為の成立を広く認めることにより、著作権法が予定していない排他的な保護を与えることを避ける点にあったと考えられる。
これに対し、バンドスコア事件では、先行するバンドスコアの全体を細部まで模倣したこと、その制作費用の負担を免れていたこと、競合する代替物を無料で提供したこと、その結果として先行事業者の営業に重大な影響を及ぼしたことなどが、不法行為の成立を基礎付ける事情とされている。
確かに、これらの事情を総合すれば、単なる成果物の利用とは異なる、著しく不公正な競業行為として評価する余地はある。しかし、他方で、先行する成果物を模倣し、その制作費用を負担することなく競合商品を提供する行為は、著作権法等による保護を受けない知的成果物の自由な利用に伴って生じ得る競争でもある。これによって先行事業者の売上げが減少することも、それ自体は市場における競争の結果として生じ得る。
そうすると、模倣による競争上の不利益を「営業上の利益」の侵害と位置付けるだけで、著作権法が規律する利用利益とは異なる利益の侵害が基礎付けられるのか、という問題が残る。営業上の利益の保護を介して、成果物の利用について実質的な排他性が与えられるのであれば、北朝鮮映画事件が一般不法行為による保護を限定した趣旨から一歩後退したとの評価も成り立ち得る。これは本判決が先例を変更したという意味ではなく、先例の枠組みを維持しつつ、その「特段の事情」の認定によって自由利用の範囲を実質的に狭めたのではないかという問題である。
また、どのような事情があれば、知的成果物の自由な利用に伴う競争上の不利益が、独占的利用利益とは異なる営業上の利益の侵害に転化するのかについては、必ずしも明確でない。
この点、尾島裁判官の補足意見は模倣の自由を原則とし、公正な競争秩序との均衡を求めている。また、高須裁判官の補足意見は、無料公開と広告収入による新たなビジネスモデルにも積極的意義があることを認めている。いずれも、新たな販売形態や顧客の移転自体を違法とする趣旨ではない。しかし、制作費用の節約や売上げへの影響に加えて、いかなる事情が営業上の利益の侵害を独占的利用利益の侵害から区別するのか、その境界はなお明瞭とはいえない。したがって、本判決は、約6年半にわたり579曲について先行スコア全体を細部まで模倣して無料公開したという具体的事情の下での判断として捉え、他の知的成果物への射程は慎重に検討すべきであろう。
このことは、タイプフェイスについても同様である。
タイプフェイスに関しても、ゴナU判決は、書体に著作物性を広く認めることで、既存書体の利用や改良が妨げられるおそれを重視している。先行書体への依拠、制作費用の負担の回避、代替商品の供給による売上げの減少だけで一般不法行為を広く肯定すれば、この趣旨が空洞化しかねない。
他方で、競合事業者が先行フォントを制作資料として利用し、独自の設計工程をほとんど経ることなく、グリフの輪郭のみならず字幅、カーニング、異体字、記号等まで書体一式に広く依拠して代替フォントを制作し、長期間にわたり廉価又は無料で供給するような場合には、競業の態様によっては一般不法行為が成立する余地も否定できない。ただし、制作費用の節約や商品間の代替性を立証すれば足りるわけではなく、自由な書体利用に伴う通常の競争上の不利益とは区別される、著しく不公正な営業妨害を具体的に示す必要があると思われる。
テレビ朝日・IMAGICA事件のように、書体を番組等の表現の一部として利用する行為は、競合するフォント商品を供給する行為とは性質を異にすることから、同事件と同様の事実関係について、バンドスコア事件を理由として当然に反対の結論が導かれるわけではないものと思われる。また、他社のフォントを正規の改訂版・後継版と誤認させる表示によって顧客を誘引する場合は、北の達人事件やワンスプーン事件に見られるような、誤認を利用した顧客奪取という別の不公正な競争方法が問題となる。
結局のところ、バンドスコア事件は、タイプフェイスについても一般不法行為による保護を検討する手掛かりとなる一方、著作権法によって独占的利用が認められない書体の自由な利用・改良と、フォント事業者の営業上の利益の保護とを、どこで区別すべきかという難しい問題を残している。保護の可能性とともに、その限界を慎重に考える必要があると思われる。
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