CASE NOTE / 裁判例
意匠
令和8年9月10日
大阪地方裁判所
令和7年(ワ)第1068号等
意匠登録の優先日前から製品の設計、発注、輸入及び性能試験を進めていた事業者について、意匠法29条の先使用権を認め、その効力が設計変更後の類似意匠にも及ぶとした裁判例を解説する。
意匠権は、特許庁への出願及び設定登録によって発生し、意匠権者は、業として登録意匠及びこれに類似する意匠を実施する権利を専有する(意匠法20条1項、23条)。そのため、ある事業者が独自に製品のデザインを開発して事業を開始していたとしても、別の者が同一又は類似の意匠について先に意匠登録を受けた場合、原則として、その後の製造、販売等が意匠権侵害となり得る。
もっとも、出願内容を知らずに同一又は類似の意匠を独自に創作し、既に事業を開始し、又はその準備をしていた者にまで事業の中止を求めることは、それまでに行われた投資を無にし、意匠権者と先行事業者との公平を欠くことになる。
そこで、意匠法29条は、善意者保護と取引安全の確保の観点から(なお、先使用権の意義については、公平説、経済説、先発明保護説等があるが割愛する。)、意匠登録出願に係る意匠を知らないで自ら同一若しくは類似の意匠を創作し、又はその創作者から知得して、出願時に日本国内でその意匠の実施である事業をし、又はその準備をしている者に対し、一定の範囲で通常実施権を認めている。
これが「先使用権」である。
(先使用による通常実施権 ※出願日の取扱いに関する括弧書きを省略)
第二十九条 意匠登録出願に係る意匠を知らないで自らその意匠若しくはこれに類似する意匠の創作をし、又は意匠登録出願に係る意匠を知らないでその意匠若しくはこれに類似する意匠の創作をした者から知得して、意匠登録出願の際(※省略)現に日本国内においてその意匠又はこれに類似する意匠の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている意匠及び事業の目的の範囲内において、その意匠登録出願に係る意匠権について通常実施権を有する。
先使用権は、法律上の要件に該当すれば当然に発生する法定通常実施権であるから、先使用権が成立すれば、意匠権者の許諾を受けなくても、その範囲内で製品の製造、販売等を継続することができる。
もっとも、先使用権は、意匠権者による差止請求又は損害賠償請求に対する抗弁であり、意匠権のような排他的権利ではないため、第三者による同一又は類似の意匠の実施を差し止めるなど、第三者に対して積極的に権利主張を行うことができるものではない。
なお、出願前の実施によって意匠が公然知られたものとなり、意匠登録出願に係る意匠が新規性を喪失する場合、先使用者は、意匠権侵害の主張に対して抗弁として先使用権を主張することも、無効の抗弁を主張することも可能であり、特許庁に対する無効審判請求も可能である。
意匠法29条に基づく先使用権が成立するためには、概ね、次の要件を満たす必要がある。
意匠登録出願に係る意匠を知らずに、自らその意匠又は類似の意匠を創作し、又は意匠登録出願に係る意匠を知らないで自ら創作した者から知得したこと
先使用者が実施する意匠は、出願に係る意匠とは別個独立に(別系統で)創作されたものであることを要すると考えられている。
なお、自己の創作した意匠が冒認出願されて登録された場合、自己の実施する意匠と冒認された意匠とは同一系統となり、先使用権が否定されることになるといった見解があるが、当該場合には、冒認出願に基づく無効の抗弁を主張することになることから、先使用権を認める必要性はないと考えられている。
意匠登録出願時(優先権主張を伴う場合には、原則としてその基礎となる出願日)に、現に日本国内において意匠の実施である事業をし、又は事業の準備をしていたこと
まず、事業の実施・事業の準備があるかどうかの判断基準時は、意匠登録の出願時となる。
次に「事業の準備」の意義について、特許法79条の先使用権について判断したウォーキングビーム式加熱炉事件(最二判昭和61年10月3日・民集40巻6号1068頁)は、次のとおり判示した。
同法七九条にいう発明の実施である「事業の準備」とは、特許出願に係る発明の内容を知らないでこれと同じ内容の発明をした者又はこの者から知得した者が、その発明につき、いまだ事業の実施の段階には至らないものの、即時実施の意図を有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されていることを意味すると解するのが相当である。
この判断枠組みは、意匠法上の先使用権についても妥当し、事業の準備といえるためには、即時実施の意図が表明された客観的事実が必要となる。
設備の購入、外注先への発注、その事業を実施するための従業者の雇用などの場合、即時実施の意図が客観的に具現化されていると認定される可能性が高いと考えられるが、設計図面の作成や試作品の製作の場合、図面又は試作品の具体性に加え、発注、見積り、金型の製作、量産に向けた試験等の周辺事情を含めて判断される。裁判例には、設計図面の作成や試作品の製作が「事業の準備」と認めたものとして汗取バンド事件(東京地判平成3年3月11日昭63(ワ)17513)、盗難防止用商品収納ケース事件(東京地判平成15年12月26日平15(ワ)7936)、否定する裁判例として取り付け用通風器事件(大阪地判昭和58年10月28日判タ514号303頁があり、慎重な検討を要する。
先使用権が成立しても、将来のあらゆる製品について自由に登録意匠を実施できるわけではない。意匠法29条は、通常実施権が「その実施又は準備をしている意匠及び事業の目的の範囲内」に限られると定めており、先使用権者が創作した意匠の範囲に及ぶ。
出願時に実施又は準備をしていた製品の形状を、その後に変更した場合について、特許権に関する前記ウォーキングビーム式加熱炉事件(最二判昭和61年10月3日・民集40巻6号1068頁)は、「先使用権の効力は,特許出願の際・・・に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく,これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶ」と判示しており、具現された発明と同一性を失わない範囲においても及ぶとの考え方を示していた。
包装用かご事件(大阪地判平成12年9月12日(平成10年(ワ)第11674号))は、次のとおり判示し、意匠の創作的価値が具体的意匠だけでなくこれに類似する意匠にも及び、意匠権の効力も類似意匠に及ぶことなどを理由に、「実施をしている意匠の範囲」には、出願時に実施していた具体的意匠だけでなく、これに類似する意匠も含まれるとの考え方を示した。
先使用権の効力は,意匠登録出願の際に先使用権者が現に実施をしていた具体的意匠だけではなく,それに類似する意匠にも及ぶと解するのが相当である。なぜなら,意匠の創作的価値は,当該具体的意匠のみならずそれと類似する意匠にも及び,意匠権者は登録意匠のみならずそれと類似する意匠も実施をする権利を専有する(意匠法23条)という制度の下において,先使用権制度の趣旨が,主として意匠権者と先使用権者との公平を図ることにあることに照らせば,意匠登録出願の際に先使用権者が現に実施をしていた具体的意匠以外に変更することを一切認めないのは,先使用権者にとって酷であって,相当ではないからである
次に、事業の目的の範囲内については、出願時に製造行為だけを行っていた場合でも、その後の販売を当然に予定していた場合には、出願後に販売することも先使用権の範囲に含まれると考えられる。もっとも、予定になかった販売を行うことや、販売のみを行っていた事業者が出願後に製造を行うことは、事業の目的の範囲を超えることになり、許容されていないと考えられる。
商標法32条の先使用権は、意匠法・特許法上の先使用権とは制度の趣旨が異なる。
同条は、他人の商標登録出願前から、不正競争の目的なく同一又は類似の商標を使用し、その結果、出願時に当該商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている場合に、継続使用を認めるものである。
したがって、商標法32条では、実際の使用の結果として出願時に既に周知性を獲得している必要がある。
本件は、「シートパイル用連結具」の登録意匠(意匠登録第1652579号)に係る意匠権を有する原告が、JFE商事鉄鋼建材株式会社及び株式会社横山基礎工事に対し、被告各製品の製造、輸入、販売等の差止め、製品の廃棄及び5500万円の損害賠償を求めた事件である(大阪地判令和8年9月10日(令和7年(ワ)第1068号等))。
裁判所の認定した事実によれば、以下のとおりである。
本件意匠に係る物品は、護岸工事や土留め工事等で使用されるシートパイル(鋼矢板)を連結するための特殊継手であった。本件意匠の出願日は平成31年4月26日、パリ条約に基づく優先日は平成30年11月6日であった。
横山基礎工事は、従来使用していた特殊継手の後継製品を開発するため、平成29年頃から設計を開始した。同社が作成した原図は、JFE商事、羽田興産及びドイツの製造会社との協議を経て修正され、同年6月13日には被告製品1の承認製造図面が確定した。
横山基礎工事は、同月12日付けで、被告製品1の318トン(1547本)を含む特殊継手をJFE商事に対して第1回分の発注を行い、同年10月28日付けで、被告製品1の380トン(1849本)を含む特殊継手をJFE商事に対して第2回分の発注を行った。平成29年12月から平成30年1月にかけて、第1回発注分として1653本(約328トン)の被告製品1が日本国内に輸入され、横山基礎工事に納入され、平成30年4月までに、第2回発注分として2133本(合計411トン)の被告製品1が日本国内に輸入され、横山基礎工事に納入された。さらに、同社は、平成30年1月から5月にかけて、溶接取付け確認試験、止水試験、打設試験及び引抜き確認試験等の性能実験を社内・横山基礎工事の岡山工場で行った。
もっとも、本件意匠の優先日である平成30年11月6日より前に、被告製品1がMJP工法による鋼管矢板の施工に実際に使用されていたことを直接的に裏付ける証拠はなかった。
また、被告製品2は、被告製品1の溝の深さを変更するなどしたマイナーチェンジ品であり、被告製品3は、被告製品1と高さ・幅の比率等が異なる小型品であった。このため、被告製品1について先使用権が成立するとしても、その後に形状が変更された被告製品2及び3にまで効力が及ぶかが問題となった。
原告は、被告各意匠が本件意匠に類似すると主張した上で、被告らによる製造、輸入、販売等の差止め等を求めた。
先使用権について、原告は、被告製品1が横山基礎工事によって独自に創作されたことは立証されていないと主張した。また、優先日前に行われた性能試験は、製品として採用できるかを確認するための試験にすぎず、試験に合格して初めて製品化が決まるのであるから、その段階では意匠の実施である事業又はその準備があったとはいえないと主張した。
これに対し、被告らは、横山基礎工事が本件意匠と関係なく被告意匠1を創作し、優先日前から製造、輸入等の事業を行い、少なくとも使用、譲渡、貸渡し等の事業の準備をしていたとして、意匠法29条の先使用権を主張した。
大阪地方裁判所第26民事部(水野正則裁判長)は、横山基礎工事が、自ら新たな特殊継手の原図を作成し、関係会社との協議を経ながら図面を修正し、平成29年6月に承認製造図面を完成させたと認定した。
また、海外の製造会社の回答書にも、原図のアイデアが横山基礎工事のものである旨が記載されていたことから、横山基礎工事が、本件意匠とは関係なく被告意匠1を創作したと判断した。
裁判所は、横山基礎工事がJFE商事を通じて海外の製造会社に被告製品1の製造及び納品を依頼し、平成29年12月頃から製品が日本国内に輸入されていたことから、同時期以降、被告製品1の製造及び輸入に係る事業をしていたと認定した。
一方、優先日前に被告製品1を実際の施工に使用していたことを直接裏付ける証拠はなく、旧製品も引き続き使用されていたことから、使用、譲渡、貸渡し等の事業を既に行っていたとまでは認めなかった。
しかし、裁判所は、①平成29年6月に被告意匠1を完成させていたこと、②その後に被告製品1の製造及び輸入を発注したこと、③同年12月には製品の納入を受けていたこと、④平成30年1月から5月にかけて各種性能試験を実施したことを指摘した。
その上で、優先日の時点で、横山基礎工事は被告製品1の使用、譲渡及び貸渡しの事業を即時に実施する意図を有し、その意図が客観的に表明されていたとして、これらの事業の準備をしていたと判断した。
裁判所は、次のとおり、意匠法29条の「実施又は準備をしている意匠」には、優先日に実施又は準備をしていた具体的意匠だけでなく、これに類似する意匠も含まれると判示した。
意匠権者の権利が登録意匠のみならずそれと類似する意匠にも及ぶこと、先使用制度の趣旨が、主として意匠権者と先使用権者の公平を図ることにあることに照らせば、意匠法29条にいう「実施又は準備をしている意匠」には、意匠登録出願や優先日の時点において先使用権者が事業の実施又は事業の準備をしていた具体的意匠に限定されるものではなく、その具体的意匠に類似する意匠も含むものと解すべきであり、先使用権の効力は、当該類似する意匠にも及ぶものと解するのが相当である。
被告製品2及び3は、溝の深さ、製品の高さと幅の比率等が被告製品1と異なっていたものの、意匠の重要部分が共通していた。裁判所は、被告意匠1と被告意匠2及び3は類似すると認定し、これらについても先使用権の効力が及ぶと判断した。
また、JFE商事は、横山基礎工事の注文に基づき、専ら同社のために被告各製品を輸入し、同社に販売していた。裁判所は、JFE商事の行為も、横山基礎工事が有する通常実施権の行使の範囲内に属するとして、意匠権侵害を否定した。
以上から、裁判所は、先使用権の抗弁が成立するとして、原告の請求をいずれも棄却した。
裁判所が認定した事実によれば、本件は単に図面を作成して社内で検討していたのではなく、優先日の約1年5か月前に承認製造図面が完成しており、大量の製品が発注され、実際に日本へ輸入・納入された上で、複数の性能試験まで行われていた事案である。
本件では、優先日前に被告製品1を実際の施工に使用していたことを直接裏付ける証拠はなく、旧製品も引き続き使用されていたことから、使用、譲渡、貸渡し等の事業を既に行っていたとまでは認められなかったものの、設計、発注、輸入、納入及び性能試験という一連の行為により、事業を即時に実施する意思が外部から客観的に確認できる段階に達していたことから、「事業の準備」が認められている。
本件について、実際の施工現場で使用されたことを直接示す証拠がなくても、製造・輸入に係る事業の実施及び使用等に係る事業の準備が認定された点に実務的な意義があると思われる。製品の性質上、安全性や性能の確認に相当の期間を要する場合、販売又は実使用の開始だけを基準とするのではなく、製品化に向けた具体的な工程全体が評価されることになる。
本判決は、前掲包装用かご事件の先使用権の効力が具体的な先使用意匠に類似する意匠に及ぶとの考え方を踏襲し、実際に溝の深さや寸法比率等が変更された複数の後続製品について先使用権を認めたものと位置付けられる。
先使用権は、侵害訴訟では、先使用権を主張する側が、過去の特定時点における独自創作、具体的な意匠の内容及び事業の実施・準備を立証しなければならない。
本件では、原図及びその修正版、図面を送付したメール、関係会社との協議資料、承認製造図面、注文書、輸入・納入記録、性能試験資料、海外メーカーの回答書等が提出されており、独自創作の経緯と優先日前の事業準備を時系列で裏付ける証拠となっている。
意匠登録を出願せず、製品のデザインを秘密にしたまま事業化する場合、次のような資料を、作成日及び変更履歴が確認できる形で保存することが望ましいと思われる。
ラフスケッチ、設計図面、CADデータ及び各変更履歴
担当者及び創作の経緯を示す資料
社内の企画・承認に係る資料及び会議記録(作成日、作成者及び社内の承認経過が確認できることが望ましい)
外注先、製造会社及び販売先とのメール、見積書、発注書及び契約書
試作品、製造記録、輸入記録及び納品書
性能試験、品質試験及び市場投入準備に関する記録
電子署名、タイムスタンプ、確定日付等により当該資料がその時点で存在したことを裏付ける資料 等
また、プロジェクトごとに、各時点のデザイン、事業化の意思決定及び外部への発注・試験を関連付けて保存することが望ましい。
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